【三碧木星&五黄土星】水に声なき 恋愛事情

  春雨

 

迎えた今日のこの日は、しめやかに降る雨のはずであったが、時折雷でも吠えそうな朝を迎えた。訳アリの朝なのです。市内に新しくオープンした茶室のある社屋の添え釜の日。私も雨を通しにくい上着を着、長靴を履き車に乗り込んだ。到着した時は凛々しい社員の方々がお道具を運び出してくれたのですが、師のお道具は「お宝」だというあだ名を持つほどの、「かお」をもつ品々であるため、弟子の私たちはドキドキものでありました。本来ならば、古弟子や決められている弟子だけが触れる事の許されたお宝。

 

弟子たちはなにも指示されることなく、自分の役目を黙々を進めている。真新しい屋根には花荒れのような、春らしいやわらかな音が聴こえていた。主菓子は八重桜、炉はないので風炉で、いつになく香が新畳の青と調べている。薄茶は初めての方も飲みやすいようにとの指示があった。

 

亭主の席入りに始まり、おもてなしが畳をする白足袋が座に隠れ、一礼が始まりの合図、半東達は菓子を運ぶ。裏では「影点」の茶筅のリズミカルに、茶杓の凛とした音色と泡だたしくなる。私たちの社中は少ない半東が阿吽の呼吸で駒でも廻っているかのように、目にも入らないような揺らぎの達人たちが織り成す舞台のようだとの評を頂いたことがある。

 

午後には雨脚もゆるりとし、お客様も内輪の人。花入れには「小でまり」のはな。雨を含んで重たげである。今日の添釜、白い五弁の小さな花が球型に固まって咲く様はふさわしき也。

 

点前座には、ナミがいて既に始まっていた。只、お点前を進めていたのですが、低い初老の声に気を取られたのです。「これこれ、濡れた靴下は脱いだ方がいいですよ」。

・・まあねそれもありだわね。・・

 

その日帰宅したのは何時頃であったか、ひとり一人ご挨拶をを済ませた昼間の雨も霞に隠れたようでした。

 

ナミも体の芯までくたびれた感もあるが、茶会とことなるおもてなしは心地よかった。師の社中のものと言えば市内でも名が通っていたこともあり、ささやかな自負と快感は湯に溶けていた。

 

狭い和室には、脱ぎすてた、白足袋、襦袢、お腰、帯、袷、紐、髪ピン、・・が無造作に放ってあり、次の休みまで忘れられていたように思い出す。

   入門

ナミが「おけいこに」通い始めたのは「花のまえ」であった。卯月に入門し。水無月には入り、いよいよすべてが仕上がっているはず。「20周年記念茶会」を想定したおけいこもおしまいの日を誰もが感じていた。しかし、最後を決めるのは「自分」。誰もが訓練中。床、掛物、花は当日までわからないことも。席によりお道具もきまってくるので、あらかじめしっかりと記憶しておく必然があり、名、窯元、かおなど。師の銘柄好みは半端ではなかったので、人様に聞かれたとき、すーと流れるように答えるには訓練あるのみでした。

 

人様のお道具名を答えると言うのは、至難のこと。誰がなにを聞いてくるのか、どこまで求められているのか不明な時もあり、またでしゃばるような言葉も私情も禁なはず

。茶室のどこにも「茶の湯」の軸まで、あからさまに表現を強要している訳でない事は、ナミ自身よくよく理解していた。けれど、大学受験時のように励むことを自ら決めていたのですから。茶道は「禅精神に溢れた世界」。私達一般のものは、禅宗を学ぶことも、体験することも、特におけいこ中の指導もないわけなので、気づくこともないまま、和菓子のおいしさを歓談する程度。ナミも甘いものには目がない一人であった。特に、師宅には、老舗のご主人自らしつらえ、届けるという「一期一会」の贅沢なおけいこには定評があった。

 

「こんばんわ!」の御挨拶と共に、玄関の戸を閉めるまもなく、現世は消え去る。

 

   茶会まで

ナミは入門の浅いものにも関わらず、「立礼」席にてデビューすることになっていたので、個人的に大老たちには気にいらない事であったようです。

 

女性間のねたみというものは厄介で、心も切れたりすることも。一礼の頭の角度、次の足さばきの仕方、歩く時の姿勢など、最も基本的で大事な事を何度も言われた。ナミの自己肯定力は半端ではない。知らないでしょう。・・師がやりなさいと言ったのですから、申し受けただけです。それは「あなたはできる」と大老たちに向けて言ったのですよ。茶人の品格に非ずでは。・・と。

 

床に就いてもイメージトレーニングを惜しまず訓練したナミは、こころとからだの調べが重なり合う瞬間を意識しなくなってきていることも、感じ始めていた。只、悩みは一つ・・単衣の訪問着を持っている人は特定也。ナミも和服持ちのほうではあったのだが、「単衣の訪問着は?さすがに無かった事。」

 

ナミの陰は自己中、わがまま、見栄っ張り、強気、アムール・ホワイト・タイガーの一太刀である。大した学歴も 経験も無印ではあるが、好奇心旺盛な陽に結び付いた時の振る舞いは、誰も止められない。結果は一つ。

 

つづきます。