【絵本とオレの思い出】番外編

オレは母方の祖父の昔話を聞いて育った。祖父とこんなに身近にいて一緒に育った孫は、なぜかこのオレだけである。祖父はおもしろい話を知っていて、孫はあきる と言うことを知らずに育った。泊まりに行ったとき、祖父のお布団で寝る。「ももたろう」「かちかちやま」 「いっすんぼうし」「へったれよめ」(おならをする嫁というお話) 「つるのおんがえし」「おしらさま」(日本三大霊所である 恐山を軸とする{巫女さん}にまつわるお話。むかしの南部藩は{馬}の産地であったことから、地名は今でも使用されている。八戸 九戸 一戸・・・)「やまんば」など。

 

話すたびに、登場人物がかすかに代わるので、オレにとっては新鮮で新しいお話になるというわけです。特に、「へったれよめ」の話は千夜一夜物語のようなのです。いま思えば、昔話の達人であったと、そしてオレが絵本や素話(絵や話が設定されず、全部頭の中に すでに あったということです。)を大好きでいられること、おもしろおかしく、お話を展開させる技を身に着けた由縁であると感謝です。

 

親になってこまったことがありました。長女が二歳過ぎて、おしゃべりも達者になったころ、「ララちゃんにちんちんがない」と泣かれた時です。とっさに適当に答えたんだろうと思います。でも「生きていく過程では必ず通る課題」と考えたのです。実はオレ自身「性 命 女 子ども出産・・・」などに対して「無知」だったという理由からでした。初潮の時は、「死ぬんだ!」と実感しました。

 

やっとの思いで、出遭った絵本「ことりのいのち」(アリス館、絵・文・・アロナ・フランケル  やく・さくまゆみこ  )。1984年3月初版。

「生まれる事、死ぬこと」をテーマにした画期的な絵本でした。「小鳥に対する子と母の情感が溢れています。再会した小鳥は死んでいました。ばらの木の下に置きました。ある日ばらの木から赤ちゃん小鳥の泣き声が聞こえてきます。・・」

 

もう一冊「ぞうのまあくん」いう絵本。絵 文 訳も上記に同じ。「まあくんに妹がというお話です。まあくんは鼻でお母さんのお腹に触ってみると、ほんとにうごいているという 体験をします。・・そして妹が生まれた後、まあくんは試練に遭遇・・・」

 

この絵本は、長女が「今でも」持っていることです。

 

2012年12月初版・・「女に」・谷川俊太郎詩集。「あなたがまだこの世にいなかったころ・・・」と はじまる詩です。「誕生 心臓 名 素足 なめる 血 会う 川 唇 旅 墓 恍惚 死 後生」。絵は・・佐野洋子

 

今、オレにとって大切な本です。なぜ?  うーーんわからない。わからないからわからない。あまりにもドキドキしてあわれで、次のことばが生まれてこない。強いていうなら「円 無」でしょうか。日本人の文化から自然発生した「あわれ」。美的感情と言いましょうか。